今日もまた、日が沈む。 一日の終わり。赤。不吉。失われゆく色。 黄昏色の空を見上げると、妙な既視感を覚える。 美しいだけでないなにか。それが一体何であるのか、ずっと気付かなかった。 しかしある時唐突に思い出した。 ……ああ、この色は、あれに似ているのだ。 死の色に。 黄昏の色が見える 「リオン?」 遠慮がちに、ノックの音とともに扉の向こうから声がかけられる。窓の外を見つめて思索にふけっていたリオンは、慌てて返事をした。 「王子?」 「入ってもいい?」 「どうぞ!」 慌てて扉を開くと、軽装の王子がはにかみながら立っていた。 貴族服を纏った王子の横顔は、以前夕日の前で話した彼とはやはり、まるで違っていた。 「なんだか、リオンと話したくなっちゃってさ」 ヘンかな?と笑いかける王子の表情はとても柔らかい。急にこちらに顔を向けられて少し驚いたが、リオンは笑みをかえした。 「不安ですか?」 「明日のこと?……だったら、そんなに不安ってわけじゃないんだ」 「そうですね……王子なら、きっと……いえ、絶対大丈夫です」 サンキエルートなら大丈夫。きっとやり遂げる。リオンは心の底から信じていた。彼には仲間がいる。彼は一人ではないし、城にいた頃の何も知らない王子でもない。 自信に満ちたリオンの言葉に、サンキエルートは頷く。 「うん、僕もそんな気がする。こんなことを言うと、油断は大敵ですよ、ってルクレティアが言うかもしれないけど」 軍師の扇を仰ぐ仕草を真似ながら言う姿に、リオンはくすくすと笑った。 「気を抜いているわけじゃない。油断しているわけでもない。でも確信があるんだ。不思議だね」 窓辺に立って、王子もまた窓の外の夕日を見つめる。日はフェイタス河の水面を輝かせながら、その向こうに消えていこうとしていた。 「僕らは負けない。僕らは、この国を守り、続けていく義務があるんだ。父上や母上、伯母上……皆が守ろうとした、この国を」 激しい戦いになることは必至。だが、戦いの勝利への不安など微塵も無い。それは不思議な自信だった。 だけれども、ぬぐえない不安がひとつ。 相手はそれを宿してはいないとはいえ、太陽の紋章の力を操ることができるのである。もしかしたら、命を落とす者も出るかもしれない。 「死んじゃダメだからね」 「え?」 ぼそりと言った王子の言葉を聞き取れなくて、思わずリオンはその横顔を見た。まっすぐな眼差しで、光を失い沈み行く太陽を見つめている。リオンはただそれがきれいだと思った。 「死ぬのはダメって言ったんだ」 リオンの顔を見ることなく、サンキエルートはもう一度、今度ははっきりと言った。 「王子……」 「リオンは、いつも僕を優先する。時には君自身よりも」 王子は目を閉じた。夕日色に銀髪が輝いている。彼を庇ってドルフに刺されたことを言っているのだろう。彼は、酷く落ち込んでいたのだという。嬉しくもあり、哀しくもあった。 「あんな思いは、もう沢山なんだ。国を守るためとはいえ、僕はもう、家族を失いたくない」 閉じた瞼の裏に、父、母、そして叔母が浮かんでは消えていった。家族と呼べるものは、もうリムスレーアと、リオンしかいない。 彼には、それが王族の業であることはわかっている。戦うものの覚悟が必要だとわかっている。恩恵を受けているのだから、その義務と業は追わねばならない。さだめなのだと受け入れなければならない。しかし、もう失うのは嫌だった。 当のリオンはとっくの昔に、覚悟が出来ていた。家族と呼ばれたことに無常の喜びを感じながらも、もう、わかっていた。左手に紋章を宿し、瞼の向こうに見えるようになった黄昏の色を理解してから。あの色は、刺されて死の淵の立った時に見たあの色と、同じだった。 それはそう、確信だった。不思議な確信。諦めなどではない。決まったことなのだ。しかし、ここでそれを告げて王子をわざわざ不安にさせることはない。明日は決戦なのだ。彼を守るのはリオンの役目で、そのリオンが王子を不安にさせることなどあってはならなかった。 明日は、勝たねばならないのだ。彼に確信があったとしても。 だから、湧き上がる予感に蓋をして。 「はい」 嘘をついた。 すると王子は、リオンの顔をみて安心したように笑った。 部屋に来たときから浮かんでいた小さな不安が、消える。 それを見て、これでよかったのだと思った。窓から差し込む黄昏の光を受けながら。 王子。 (ごめんなさい……) わたしは、きっと…… ------ きっとリオンは自分の死を予感していたんじゃないかと思います |