つまらないという新聞がある日、いきなり人気になった。

 誰が書いたのかは知らないが、変な小説が妙に人気になったのだ。
 読んでて憂鬱になるどころかイライラするゆううつ婦人とか、嘘八百の薔薇の騎士物語とか、そういう下らない記事ばっかりだったはずだったのだが。
 その名も

「美青年のゆううつ」

 題名だけだとゆううつ夫人の無駄に美青年版としか思えないのだが、一部ではバカウケらしい。
 新聞を書いているペローには悪かったと思っていたが、レイは新聞は一度も読んだことがなかった。
 だが、護衛だと言って憚らない少女三人組や、夜なべして莫大なお金を貢いでいるアドリアンヌにまで「壁新聞読んだ?」と言われては、読まずには居られない。
 オベル遺跡での資金稼ぎをいったん打ち切り、どきまぎしながら夜中、一人で見に行った。
 幸い夜中だからか人気はなく、ただ壁新聞の前で待ち構えているように棲んでいるペローがいるだけだった。軽く挨拶をしてから、読んでみた。


 八ーヴェイと=ノグルドは、尊敬する海賊の下で豊かに情をはぐくんでいた。
 平和な二人の前にヘルムー|-という嵐が現れるまでは。
 「違う、こいつは俺のもんだ!」
 「何を言っているんだ。こいつが俺のほうを向いているのがわからんのか?」
 「…………ぶふっ(俺の為に争わないでくれ、二人とも…!)」
 八ーヴェイ
 =ノグルド
 ヘルムー|-

 三人の呼ぶ愛の嵐は本拠地を襲う!

 続く』




「………………」
 レイには内容が全く理解できなかった。ペローが目を輝かせてこちらを見ているのだが、その視線が激しく痛い。わからないのではなんといったらいいか分からない。
 リノかエレノアにどういう意味なのか聞いてみようかと思った。
 くだらない事についてエレノアに質問をしに行くと、アグネスに説教をかまされるし、さりとてリノに訊いたところで、果たして分かるものだろうか。聞くところによると、この小説は女の子に人気があるらしい。
 では、エレノアにではなく、アグネスに訊いた方があんまり怒られないのでは。
 アグネスに一服盛られて以来、どうも彼女が苦手なリーダーなのだった。かわいいのだが、どうもかわいいだけでは済まされないすごみがある……ような気がする。

 早速エレノアの部屋に訪れて、アグネスだけを手招きして呼び出した。
 尊敬する軍師から離れるのが不満なのか、鼻をならしながら部屋を出てきたアグネスに、レイは開口一番尋ねてみる。
「壁新聞のことなんだけどさ」
「何ですか、それは」
 眉を吊り上げて、首をかしげた。もしかしたらもともと眉はつりあがっていたのかもしれない。
「サロンの甲板口の近くにある壁新聞。知らないの?」
「あのような下らないものは読んでいません」
 にべもない答えに、レイは残念そうに息を洩らす。
「ふぅん……じゃ、訊いてもアグネスにはわかんないか。じゃ、あの史書さんに訊いた方がわかるかなぁ」
 何気なく言うと、彼女の目はぎらりと光った。
「あんな女に訊かずとも、私が答えて差し上げます!さぁ、用件をおっしゃいませ!」
「わ、わかった、わかったってば!」
 両肩をつかまれ、激しく揺さぶられてすっかり狼狽してしまった。
(アグネス、ターニャさんのこと嫌いなのかなぁ)
 レイはまだ彼女と史書の間の険悪な関係を知らなかった。

「だから、今女の子の間で壁新聞の連載小説が流行ってるみたいじゃない?
 読んでみたんだけど、意味がわかんなくて」
「そんな下らないことでご質問ですか?」
 またこめかみが引きつっている。レイはこういう女の子が苦手だ。
 うっと詰まってしまったが、「じ、じゃあ……」と呟きかけると
「いーえ!わたしが教えて差し上げます!あの女に訊くくらいなら!」
 とムキになって言う。
 その反応が少し面白いかもしれない、とレイは彼女に対する苦手意識から半ば脱しかけた。
 見たところ、彼女はターニャに対抗意識を抱いているようだ。
(名前を言っただけでムキになるなんて、なんか可愛いかも)
 そんな風に思ったことを少しでも洩らすと、何が起こるかわからないので言わないことにした。


「……どう?」
 やはりキラキラと光る瞳をこちらにむけてくるペローを無視しながら、読み終えたらしいアグネスに尋ねてみた。
 彼女はそれには答えず、ただ新聞に目を釘付けにされている。しまいには身体が小刻みに震え始めた。もしかして面白かったんだろうか、とレイは首をかしげる。
 しかし彼女が唐突にこちらに首を向けたとき、そうではなさそうであることに気付いた。
「美青年三人はどちらですか!」
 と半ば据わった目で問いかけてきた。眉毛がつりあがってるというレベルではなく、色が変わったとも言えるその目が突き刺すようにレイを、そして後ろのペローを射抜いている。
 その雰囲気に飲まれながら「甲板」と答えると、アグネスは「ちょっと失礼します!」と言って走り去ってしまった。


 何が何だかさっぱり分からない。
 レイはふたたび首を捻ったが、分かったことといえばとにかくアグネスは怖い、ということだった。ちょっと可愛いなぁと思ったことを容れても。
 背後にいた新聞記者はなにやらガッツポーズをキめているが、レイにはそれは間違った反応にしか思えなかった。アグネスがああいう顔をするのだから、何かあるに違いないはずなのだ。





 次の日、レイは、新聞記者が海賊島のそばで、いつかの親友のように丸太に括りつけられて浮かんでいるのを、航行中うっかり見つけてしまうことになる。











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ギャグの小説って難しいですね(えー)主人公vアグネスっぽくなったよーな…


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