故郷ははるか彼方
 四方に広がるのは空の色に染まった黒い海だけ

 あぁ、どうしてこんなところまで来てしまったんだろうね?


 尋ねても、きっと誰もそれには応えてくれない

 だって、僕は知っているんだもの






大きな空の下の小さな僕ら








「スノウ」
 後部甲板で一人たたずんでいた彼は名を呼ばれて、振り返った。
 その声の主は湯気の立った袋を抱えている。
「レイ?」
 夜も更けて、空の星が数え切れないほど顔を出してくるような時間だ。彼……連合軍のリーダーは、本当だったら自室で寝ている頃ではないか。
 何故こんな、潮風も冷たい時間にこんなところにやってきたのか尋ねようとしたが、
「ご飯食べない?」
「……え?」
「饅頭とか、フンギの弁当とか。沢山買ったんだよ」
「いいけど……」
 逡巡すると、何を勘違いしたのかレイはにっこりと笑って抱えている袋を上げた。
「もちろん、スノウの分もあるよ」
 なんと言ったらいいか分からなくて、スノウはただ曖昧に笑った。

 ……そういう意味じゃないんだけどな。


 広い広い海。
 今は夜だから、甲板に灯された篝火が照らす範囲までしか目が届かない。
「不思議だな」
 そういっても、レイは何が、とはきかない。
「うん」
 ただ頷いた。
 あれから本当に沢山のことがあった。
 今迄自分が生きてきた時間の中ではほんの少しの時間でしかなかったはずなのに、それはあまりに目まぐるしく、何年分も多く生きた気分になっていた。
 彼と別れたのが遠く昔に思える。
 それでも、団長が消えたあの光景はまだ瞼の裏の残滓だ。
「君は……何だか大きくなった気がする」
 言って、スノウはすぐ首を振った。
「いや、違うな。君は昔からそうだった。ただ……」
 スノウは空を見上げて言葉を切った。
 波の音。それにあわせて夜空の星が瞬いているような気がする。
「見ない振りをしていただけなんだ」
 力のない自分から。
 自分より劣っていると思っていたレイが、本当は、自分よりよっぽど、優れていて、そして強かったということから。

「……本当は、僕は……分かっていたんだ」

 噛み締めるように言った。
「スノウ」

 風の匂いがする。
 風に乗ってやってくる、海の匂い。

 ――ラズリルと繋がっている海のはずなのに、僕はこの海の匂いを知らない。

 目の前にいるレイは、その匂いがする。
 いや、それだけじゃない。もっと。

 スノウが黙り込むと、レイは潮風に揉まれる髪とバンダナをそのままに、彼の友人の瞳を見つめた。まっすぐ。
 青い目。空みたいな色だ、とはるか昔思ったことがあるのを急に思い出した。
 そして不意に視線を外して星の瞬く夜空を見上げ、胸に左手を当てた。暗くて見えないけれど、その手にはめられたグローブの下にはあの紋章がある。
「僕は、ここにいて」
 スノウを見て、
「君の前に座って、一緒にご飯を食べてる」
 右手にはあの頃と同じ、フンギの作った弁当。それはスノウの手の中にもある。
「うん」
 半分ほど食べ残った弁当を見下ろしながら、スノウは頷いた。弁当はもう湯気を上げていない。
 目の前にいる、この巨大船のリーダーの真直ぐな目と視線をあわすことは出来なかった。
「……違わないよね」
 語尾が微かに上がった。確かめているのだろうか、尋ねているのだろうか。スノウはちょっと笑った。それから顔を上げる。
 あの頃と変わらない少し頼りなさげな顔が、目の前にあった。
「……違わないのかな」
「うん、そうだよ」
 レイも、ちょっと笑う。それから弁当の残りを頬張り始めた。

 でも、あの頃とはもう違う。
「ラズリルは遠いね……」
 故郷は遠く西の彼方。しかし、船で行けば数日で着く。それだけの距離だったはずなのに。
「帰ろう。皆で」
「うん……」







 僕らは、本当に……遠いところまでに来てしまったね








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