あれから、何年経ったのだろう?
 もうそれすらも、ずっと眠り続けてきた僕にはわからない。
 分かるのは、周りの大きな変化から、眠っているうちに、たくさんの時が過ぎ去ってしまったという事だけ。






 ざぶん、ざぶん。
 そんな波の音が聞こえて、僕は目が覚めた。起き上がってあたりを見回すと、そこは宿で、僕が割り当てられた部屋だった。隣のベッドには、大きな男……父が寝息を立てていた。平たくて硬いベッドから降りて、そっとまだ薄暗い部屋から出る。
 肌寒い廊下に出て、誰か起きていないかきょろきょろとしていると、向こう側から一番上の姉が歩いてきた。首にタオルをかけている。
「おはよう、ジャック。随分早いのね」
「波の音が聞こえて起きたんだ。ざぶん、ざぶんて」
 僕はそういうと、彼女……たしかそう、アリシア……がちょっと驚いたような顔をして、それからすぐに笑った。「まぁ、本当…。まだお船に乗っていないのにね」僕は何故姉が笑うのかわからなかったけれど、彼女と一緒に微笑みあった。
「アリシアねぇ姉こそ、とても早いね。まだお日様がでていないよ」
「あたしは、いつも早かったからね。もう癖になっちゃったの」
 姉はさっぱりした顔で笑って言っていたが……今思えば、姉は母のいない家族を一人で支えてきていたのだ。当時の僕にはわからなかったが、きっと大変だったに違いない。
 それから、眠くなかったら、洗面所で顔でも洗ってきなさいと、姉は僕の頭をなでながら言った。眠くなかったし、外にも出てみたかったから、僕はそうすることにした。そう、あと……何でも一番後の末っ子の僕が、めずらしく何でも一番の姉のように早く起きることができたのに、また寝てしまっては、という幼いながらにしてよく分からない意地もあったように今は思える。
 僕は洗面をして、誰にも何も言わずに外へ出た。出たとたん、海の臭いが一気に押し寄せた事は、今でも香りが思い出せるくらい印象に残っている。町の名前さえ良く覚えていないのに、である。だがしかし、その雰囲気は頭に克明に残っている。
 港町はまだ朝早いというのに、人影がいくつかあった。確か、父によれば港の荷運びたちや漁師たちの朝はとんでもなく早いという。きっとその人たちだろうと思いながら、僕は肌寒い、潮の臭いに満ちた朝の港を歩いていた。船がたくさんあって、そのどれにも人が乗っていて、荷を船に積んだり、はたまた荷を港に運んだり、そして漁にでかける船など何かしら誰かが乗っていて何かをしていた。だた、皆あまりしゃべっていない風で、港は朝霧と一緒に静かに海に横たわっていた。息遣いと足音…。たてられているのはほとんどその音だけで、それがより一層静けさを醸し出している。僕は何も考えず、むしろ好奇心を持って、ただその様子をみて回っていた。見慣れないものだったからかもしれない。僕が生まれた村では、こんな事は無かった。まず、この鼻を突く潮の臭いと、船がない。船で仕事をする男達は無く、朝は女達が歌いながら畑を耕していた。
「よう、坊主。朝早くに一人で歩き回っているとあぶねぇぞ」
 この時分にちいさな子供が一人出歩いていることを不審に思ったのか、荷運びをしている大きな男たちの一人が声をかけてくる。僕が振り向いて大丈夫ですとだけ答えると、その男の人は仕事の手を休めて肩にかけたタオルで自分の顔をぬぐった。「近くにとーちゃんとかいるか?」僕は頷いた。すると彼はにやっと笑う。それから、はやくもどんな、とだけ言って、僕の返事を待たずにそのまま仕事を再開した。聞こえていないと何となく思いながら、僕はうんと返事をして、そのまま父のいる宿屋にもどった。


 部屋に戻ると、既に父は起きていて、そのときはカーテンを開けているところだった。
「おや、ジャック。もう起きていたのか。いないからトイレかと思ったんだが」
 朝日の逆光で父の顔が良く見えない。目を細めながら、僕は今外に出てきたことを伝えた。すると父はちょっと驚いたような顔をして、次の瞬間には一人歩きは危ないぞという顔をする。しかし父はそうかといっただけで、他に何も言わなかった。少し僕は拍子抜けした気分だったが、それならそれでいいや、と思い、僕も特に何も言わなかった。そのまま、僕は乱れたままのベッドを直しにかかった。さっきは忘れていたことだったが、小さい時からよく姉のアリシアにベットメイキングをしつけられていた。シーツ布の擦れる音に混じって、父の声が聞こえた。
「ジャック、今日は船に乗るぞ。お前、船は初めてだよな」
 僕は手を止めて頷いた。多分、目を輝かせていた事だろうと思う。船はたくさん港でみてきたが、そのころの僕は船は一度も乗った事がなかった。だから、乗る事が楽しみでしょうがなかった。一体どんな船に乗るのか、乗り心地はどうか、乗っている人たちはどんな人なのか、好奇心は絶えなかった。だからその日僕は一人で外になど出たのだ。父が船の話をしてくれるたび、更に心が躍った。
 そのときも、今日乗る「帆船」の話をしてくれた。父の話はやや難しい表現が多く、熱心に聞きはしたが細かいところまでは覚えられなかったし理解できなかった。それでも、感じ取れる雰囲気があったので、僕は楽しかった。帆船……船に帆をはり、風によって船を進める、という船。そのように記憶している。
 そうこうしているうちに、早朝が遅朝になり、東の窓に注ぐ日の光は益々強くなった。でも話し手も聞き手もそれに気付かなかった。気付いたのは、大きな音を立てて部屋の扉が開かれた時だった。すぐに視線を向けると、そこには起こった顔のニ番目の姉……エイシャ……が立っていた。肩も怒らせているあたり、相当怒っているのが分かる。父はこちらを見て苦笑いをした。
「パパ、ジャック!いつまで部屋でのんびりしているのっ!もうとっくに朝食の時間じゃないの!」
 その苦笑いを見たのか見ていないのか、エイシャ姉は、皆待っているのよ!と顔を赤くして怒鳴った。僕が困ったふうにしていると、父が今度はエイシャ姉に向けて苦笑して、怒鳴るのは止めなさいといった。それから間髪いれずに「エイシャ、すぐ着替えていくけど、お腹が減っているなら食べてしまってもいいぞ」と付け加えて、何かいおうとしたエイシャ姉の口を封じた。その彼女はしばらく口をぱくぱくさせた後、今度はそれを尖らせて小さな声で「早くしてねっ」と言ってドアを大きく閉めていった。
「はぁ……もう子供じゃないのに、ノックなしで男のいる部屋に入るなんて……」と父はぶつぶついいながらも、寝巻きを脱ぎ出した。エイシャ姉の様子では、姉達はかなり待っているのだろう。僕はもう着替えていたので、先に行く事にした。それにここにいると、父の愚痴でも聞かされそうだった。父の話は面白いが、愚痴は信じられないくらいつまらないことの繰り返しなのであった。しかし、今思えば、あの時愚痴の一つくらい聞いてあげればよかったかもしれない。


「遅かったわね、ジャック?」
 部屋からでて、階段を下りたところで一番上の姉……朝一番に会ったアリシア……が声をかけてきた。声のした方に目をやると、もう食卓についていて、そこにはアリシア姉を含め三人の姉達が、ざわついた食堂の中、膨れっ面でこちらを見ていた。食卓には食べ物……朝食が並べられていた。最初僕はそれをアリシア姉が作ったのだと思っていたが、アリシア姉に訊くと、宿屋の人が作ったものらしかった。僕は姉達にごめんなさい、といってあいている一番小さい椅子に腰掛けた。周りを見回すと、宿屋の他の客たちは、大方朝食を食べ終わった様子で、皆コーヒーや紅茶を手にして談笑していた。
「パパはまだなの?」
 僕の隣にいる一つ上の姉、ポーラ姉が訊いてきた。まだ膨れっ面だった。
 僕が、まだだよ、さっき着替えだしたばっかりなんだ、というと、三番目の姉、クリス姉も反応してきた。
「パパ、いつもアリシア姉の次に早起きなのに、今日は一番遅いあんたより遅いのね」
 別に彼女は嫌味でいったわけではないのであろうが、まだ幼い僕は、嫌味だととってしまい、ムッとした。言い返そうとしたが、目ざといアリシア姉に機を奪われた。
「あら、ジャックは今日一番に起きたじゃない?」
 むしろ、アリシア姉の次に起きたような気もしたが、彼女がそう言っているのだから、別にいいかと思って僕は頷いた。
「へぇえ。めっずらしい」
「本当、初めてじゃない?」
「波の音が聞こえたっていってたわ。それで起きたらしいの。ね?」
「ふうん。男の子の癖にロマンチックだわねぇ」
 騒ぎ始めた姉達の会話の中で、誉められたというよりけなされた気がしないでもないが、とにかく姉達の膨れっ面が消えて少しほっとしていた。女の膨れっ面は見ていて体に良くない、と言う父の影響を受けすぎたようだった。その頃の僕はまだ十を越えたばかりだったが、その時点でかなり父の影響を受けていた。
 暫くして、当の父が部屋から降りてきて卓についた。姉達がいろいろ文句を言っていたが、何はともあれ少々遅めの朝食が始まった。メニューはなんだったか……あまり覚えていない。嫌いなピーマンと、大好きなスクランブルエッグが並んでいた事だけは覚えている。
「先に食べていたって構わないって言ったんだから、食べていればよかったのに」
 僕のパンにバターを塗りながら、父が文句にたえかねたように言った。それにすぐさまエイシャ姉が反応する。
「そうはいかないわ、パパ。仮にも一家の家長が席につくより前に女子供が食べるなんて、はしたないじゃないの」
「ははは、そうかい?」
 そう言って弱く笑って、父はバターを塗り終えたパンを僕に渡した。僕は礼を言いながら父からもらったパンにスクランブルエッグを載せる。
「えーっ!でもそうパパが言ったなら、食べておけばよかったよー」
「あまり大きな声をあげないの、ポーラ」
「はぁい、アリシャおねぇちゃん」
 アリシア姉にたしなめられている様子を見ると、僕よりも上なのに、ポーラは僕よりも幼いような気がする。口すらも余りまわっていなかった。エイシャ姉は、何に関しても小うるさい、ちょっとしたおませさんだった。クリス姉はエイシャ姉にいつもくっついていて、何かと世話を焼かせていた。甘えん坊だったんだろう、と、今は思う。
 姉達は食卓でもとてもおしゃべりだった。物静かな印象の姉でも、妹達に混ざってたわいのないおしゃべりをしている。それにさらにまざって、父が話に入る。父のようにあまり入り込むすべを知らない、逆にいえばすでに入り込まない術を心得てしまった僕は無言でいつもそれを見ていた。寂しくなかったわけは無いが、末っ子の一人の男の子なんて、こんなものなんだ、と慣れてはいた。ただ、話題が船に乗る話になった時、僕もその中に入った。今日朝一番(?)におきて、船をたくさん見てきたことなどを話すと、船の事より寝坊の話がぶり返してしまった。
 でも、今日のアリシア姉は、必要以外のことはあまりしゃべろうとはしなかった。船の話になっても、あまり関心を示さず、そのまま黙って妹達の会話を聞いていた。給仕も、いつもなら率先してやっていたのに、各自にやらせていた。そのときは、もう皆大きくなったんだから、といっていたが、後の事から考えると、あの時姉は、あまり話などしたくなかったのだろう。そんな気分ではなかったのだろう。でも、僕は、まだ幼い僕はそれに気づくことは無かった。そして、誰も。


「ねぇジャック、なんでわたしたちがおうちをはなれたか、知ってる?」
 朝食を食べ終わって、太陽も昼時を知らせる高さになった頃、たまたま部屋で二人きりになったポーラ姉が突然そう言ってきた。僕が首を横に振ってなんでそんなこときくの、というと、ポーラはくじ引きに外れたように残念そうな顔をして答えた。
「誰も教えてくれないの。おねぇちゃんたちも、パパも。きこうとすると、みんな怖い顔をするのよ。へんでしょ?ジャックなら、いつもパパにくっついてるから、知ってるかなぁって、おもったの」
 でも、知らないのね、といって、彼女はそのまま部屋の外へ出て行った。


 最初は、僕だって何度も父に尋ねた。親しかった近所の友達と別れることになったし、何より急に家を出ることになったので、何がなんだかさっぱり分からなかったのだ。でも、父はそのたび決して答えようとはしなかった。僕の気をそらせて、その場その場を誤魔化していた。僕はだんだん訊いても無駄なきがしてきて、諦めて、その時まで頭の隅に押しやっていた。どうして教えてくれないのだろう、そういう思いがまた、頭の中に台頭してきた。今思えば、子供に教えてはならないような理由ではあったから、当然といえば当然かもしれない。でもそんなことは僕ら子供には分からなかった。
 何かいえない理由があるのだったら、嘘でも並べ立てればよかったはずだった。今は、そう思う。そうすれば、そのときの僕らは幼く、無知なのだから、納得しただろう。そうしなければかえって僕らに疑惑を抱かせる。
 そして僕らは確実に、家族のなかの『大人』に対して、疑惑を抱きつつあった。そう、僕の尊敬していた、そして愛していた父でさえも。

 僕は、ポーラが部屋からでた後、もう一度船を見ようと外に出た。もちろん、部屋のカギは自分で閉めて、宿の人にカギを預ける。もう慣れっこの手順だった。港町に出てみると、朝とは打って変わって、……当然ながら……朝霧は晴れ、人が指では数え切れないほど通りを歩き、あちこちから招客の怒声が聞こえた。町は、にぎやかだった。港にも、たくさんの人々が往来していた。港で船を一通り見た後、お金はほとんど持っていなかったが、今度は港と同じくらい活気あふれた町を歩き回った。途中で、知らない人に声をかけられたが、無視してはしって逃げた。知らない人とは関わりあわない方が良いといわれていたし、なによりその知らない人が怖そうな印象をもっていたからだった。
 みたことがあるもの、無いもの、似ているもの、いろんなものをのぞきこんで、一人でしげしげと眺めた。ここに父がいれば、うんちくをどうでもいいことまで並べ立てるのだろうと思うと、おかしくなるのと同時に、父は何処へ行ったのだろうと首を傾げてみた。今の僕から言わせれば、宿から一人はなれてうろついている子供の考える事ではないのだろうが、そんなことはすっかり棚に上げて、父が少し心配になってきた。先ほどは、少し買い物に行ってくると言っていた。だからもう戻っているかもしれない。確か夕方に船に乗るはずだったから、そろそろ支度もせねばならない。そういえば、昼ご飯も食べていない。ついいろんなものに魅せられて、夢中になってしまっていたようだった。何にせよ、もう宿に戻らねばならないと思った。僕は、今まで来た道を急いで戻っていった。あの船に乗れると思うと、やはりドキドキしてきた。

「もう、終わりよ、お父さん……」
 宿にもどって、部屋に入ろうと半開きのドアをあけようとして、アリシア姉の声が隙間から聞こえてきた。思わず、中には入らないで隙間から中をうかがってしまった。
 中には、父とアリシア姉しかいなかった。ドアの隙間からなのでよくは分からなかったが。二人とも僕には気付いていないようで、そのまま会話を続ける。
「終わりではないよ、アリシア。船に乗れば、きっと大丈夫」
「もう終わりなのよっ!朝、私は見たの、あいつらを。もう、家族で逃げるなんて無理よ……」
 何の話か、僕にはさっぱりわからなかった。さりとて、このまま部屋に入ることが出来ない空気を子供ながらに感じて、だたじっと部屋の前で聞き耳を立てていた。
「……さっき、ジャックに声をかけているのを見たわ。きっと私達を見張ってる……。もう、逃げるのはやめましょう、お父さん」
「何度も言ったろう?それでも、僕は子供達を置いていくことは出来ない。そんなことをしたら、あの子達には今よりずっとつらい事が待っているから……」
「私はこんな生活が嫌なの!日々あの人たちを恐れ、住む家の無い寂しくてつらい暮らし。楽にならなくて、お金もなくなっていく暮らし。私は旅人ではないの!……楽になりたいのよ……お願い、私だけでもここにおいていって!もう嫌よ!」
 こんなに取り乱した姉を、僕は見た事が無かったから、一人驚いていた。後から思えば、これが姉の中の『黒いもの』だったのだろう。日々のつらさを耐えつづけてきた、姉アリシアの。
「アリシア……お前だけ捕まるなんてことはいけないよ。だったら、家なんか出なくたって良かったはずだ。僕も、同罪なのだから。でも、今は逃げるんだ。子供達は……君の妹と弟たちは、まだ幼い。おいていってはいけない」
 父の声は、取り乱した姉と違ってあくまで冷静だった。むしろ、なだめるような口調であった。
 やはり僕には何がなんだかさっぱりわからなかったが、コレはきっと僕達家族が何ヶ月も各地を転々としてきた理由になるのだろうという事だけは分かった。しかし、それが何なのか……そこまでは、分からなかった。暫く姉は何も言わなかったようで、少し部屋の中が静かになった。もう入っても良いかもしれないと思って、再度ドアに手をかけた瞬間、姉の罵声が部屋に響いた。
「私に何もかも押し付けようとしないでよ!私を自由にしてっ!もう、うんざりなの!」
 どすん、どすん。
 そんな鈍くて重い、それでいて小さな音が何度か聞こえた。波とは全く違う、正反対の音。その中に、小さな悲鳴が混じる。
 僕は、怖くなった。音のしなくなった部屋の中をうかがい見ることも出来なくなって、ドアから少し離れて、震えた。
 そこへいきなりドアが開くいやな音がした。走っていく靴音がして、それは遠のいていく。僕はドアに背を向けていたから、誰であるかはよく分からなかった。でも、父の足音は、もっと重いはずだ。
 そしてまた廊下と部屋は静かになった。
 ……誰が出て行ったのだろう?
 僕は誰かが出て行った部屋の中を、ゆっくりとドアをあけてのぞきこんだ。


 赤かった。
 壁によりかかってうずくまっている大きな体の下には、たくさんの赤黒い液体が流れ出ていた。板葺きの床は、真っ赤だった。
 動いていないその体の持ち主である顔は、下を向いていて、分からない。
 でも、でも、きている服に、見覚えがあった。……ありすぎた。
 お金が無いからと、たいてい同じ服を着ていた。それに似ている。それが赤く染まっていたとしても、間違えることは無い。

「お父さん………?」









 それから後の事は、僕は知らない。それに結局、一体どんなことで口論になったのか、わからなかった。
 今あの会話を思い出せば、推して知ることもできる。しかし、それは真実ではなく、憶測でしかない。
 僕はあのあとから、ずっと眠りつづけていた。姉達が成長し、やがて年老いていっても、僕は眠りつづけた。つい先日目覚めたばかりなのだ。目が覚めたとき、僕の目の前にはしらない中年の女性達がいた。それは、面影こそ残っているものの、僕の記憶よりもずっと年をとった、姉達。
 
  姉達によれば、僕と父は宿屋の人に発見されたらしい。父はもう死んでいた。僕は目覚めなかった。そして、アリシア姉はどこかに姿をくらましたらしく、何処を探し回っても、見つかることは無かったらしい。この事件は、町では大騒ぎになったようだった。
 当然、乗る予定だった船には乗れなかったが、父の仮の葬儀が終わった後、姉達は僕と、父の骨をかかえて、逃げるようにして別の船に乗ったという。それから、僕は姉達に守られながら生き延びていたらしかった。この三人の姉達は、どんな苦しい時であっても、僕を見捨てなかった。僕は重荷でしかなかったはずだった。僕は、感謝したけれども、同時に、見捨ててくれればよかったのに、とも思った。もう数十年も経ったというのに、僕は少ししか年をとっていない。周りの事は、何も分からなかった。まだ、子供であるときの頃の方が良かった。自分の家族すら誰だかわからない状態で、僕にとってそれは苦痛だった。
 あの頃にもどりたい、といつも思うが、もはやかすんでよくわからない、『あの頃』とは、一体いつ頃のことだろうか、といつも僕は思ってしまう。
 僕はただ、ベッドに横になって、窓の向こうの心地よい波の音を聞く。その波の音から、僕は『あの頃』を思い出す。そして最後には意識はここに帰ってきた。
 その繰り返し。
 ただそれを繰り返し、僕はいつも寝坊していた。






photo by おしゃれ探偵




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はい、あとがきです。
淡々としたものを目指したはずが、気付けばカックンカックンな文章に。
精進したいですね





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