太陽宮をウロつけるといっても、入口付近で、中には入れても奥までは行かせてもらえなかった。 よく考えれば当たり前だよね。だってオレ、まだ部外者だし、王族の住まいの部分まで行けるわけがない。 それにまだ戦が終わったばかり。騒然としているわけではないけど、名残はまだある。城内は美しく、働く人々は晴れ晴れとした顔をしているものの、そこかしこに疲労の色がまだ残っていることは否定できない。 国の内紛に乗じてアーメスが攻め込んできたのだから、国が疲弊するのは致し方ない。だけど、きっとこの国は以前のように、いやそれ以上に豊かになるだろう。 聞けば、アルシュタート女王は国の復興のために国庫を開き、その資金に充てているという。そういう為政者がいるのだから、ファレナの未来はまだ明るい。 顕著にそれを感じさせるのが、この太陽宮だ。幽世の門が解散させられた、という事実も、この城が開放感を漂わせている一因のような気がした。田舎者のオレですら知ってるあの集団を、失くす決断をした女王とフェリド様は正しかったんだなと思った。戦場特有の、あの陰気臭さがほとんどない。 それにしても、美人で優秀な女王様なんて凄いよねー。お目通りが叶うなら一度でもいいからその美人ぶりを間近で見てみたいなあ。噂によればズガバキャズドキューンって言うじゃないか。気になるよね。気になるよね。 あー。よく考えれば、女王騎士になったらそれも余裕で叶うじゃないか。 王宮勤めってガラじゃないし面倒くさそうだけど、美女拝めるのはいいよねー。それに、フェリド様の下で働くのはとてもおもしろそうだ。 女王騎士は超光栄な地位。だけど、「女王の所有物」だ。となると、以前のようにふらふらーっとどこかに消えるわけにはいかない。そういう職だし、就くからには責任がある。自信がないってわけじゃなくて、あまり関心がないというか……踏ん切りがつかないというか。今の生き方もそれなりに楽しい。ここに生きることがそれ以上なのか、まだ少し図りかねていたのかもしれない。 フェリド様は凄い方だ。仕えるのには充分過ぎるくらい。凄いとかそういう以前に、好きなんだな。フェリドという男が。 普通なら、断る選択肢なんてない。でも、その選択権が今のオレには与えられている。贅沢でありがたい話だ、本当。 いっそ選択権なんか貰わなかったほうがとっとと逃げ出せるというものなんだけど。 なんてことを考えながら、太陽宮の中庭の桟橋を歩く。アーメスとの戦いが終わって未だまもない状態ながらも、桟橋のある庭は城内同様、きれいにととのえられていた。職人魂ってやつかなあ。 フェイタス河から引かれた水路も太陽に照らされてきらきらと輝いている。うーん、ホント綺麗なところだ。故郷のレルカーもイイトコだったけど、美しさは格段に違う。 桟橋を渡りきると、短い声と打ち合う音が耳に入った。通路向こうの中庭で、十に満たないほどの少年と少女が稽古を取っているのが見えた。ふたりとも得物は木の棒だ。 なんとなく珍しいと思い、ちょっと眺めてみることにした。邪魔にならないように少しはなれて腰を落ち着ける。少年は打ち合いに夢中で気が付いていなかったが、相手をしている少女(たぶん少年のほうより腕が上だね)は見物人たるオレに気が付いたようだ。ちらりとこちらを見た。しかし、そのまま続ける。 男の子のほうは、きっと今年で8歳になられるサンキエルート王子殿下だろう。組み手はお付の……随分幼いけど、護衛かな? 王子がおつきの人と稽古かー。さすがフェリド様の子だけあって、小さい頃から武芸を習うんだなー。 「こんにちは、王子殿下」 休憩を入れたころあいを見計らって声をかける。少年はびっくりまなこでこっちを見ていたが、すぐに笑って 「こんにちは」 と丁寧に挨拶をしてきた。うん、実にしつけのいい子供ですね。 一方少女の方は、黙ったままこっちをじっと見つめている。うんうん、将来有望株な顔だね。お団子がかわいい。……んだけど、何やら不審気な顔でこちらを見ている。警戒心丸出し。そんな、怪しいものじゃないのに。とりあえず。 少女は強い視線を外さぬまま、たしなめるように言う。 「失礼な。王子殿下の御前だというのに。名乗りなさい」 「いや、失礼。お姿を拝見するのは初めてでして、ついお声をかけたくなりました」 大して悪びれもせずに言ってのけたのが気に入らないのか、お付の女の子は憮然とした顔をしている。一方王子のほうは少女の顔を見て目を丸くしていた。 しかしこの顔、どう見ても母親似ですな。どう見ても美人ですな。うわあ羨ましいなフェリド様。もうちょっと早く生まれればよかったなオレ。ああでもフェリド様とやりあっても絶対勝てないな。そういえば手合わせ申し込まれてなかったっけ。やだなあ。 それはいいとして、王子殿下の御前。いくら小さい子とはいえ礼は失しちゃいけないよねー。不敬罪で罰されちゃうよ。まあ、あのフェリド様と聡明な方だというアルシュタート女王なら、王族に対する不敬は万死に値する! なんてことは、ないと思うけど。 そう思って礼を取るべく腰を折り、名乗ろうとした矢先、 「おや、サンク、それにリオンじゃないか。今日も精が出るねぇ」 背後からちょっと眠そうな、美声。 背中越しに少女が声をあげ、ぺこりとお辞儀をした。 「サイアリーズ様」 「あ、叔母上。やっと起きたの?」 「やっととはなんだい。まだ日が昇っていくばくも経っちゃいないだろうに」 「えー。もうお昼に近いよ! ぼくとリオンは日がのぼる前に起きたのにー」 「そりゃ、あんたたちが異常に早起きなだけだよ」 「そうなのー?」 「そうとも。で」 サイアリーズ様は甥っ子の頭をを愛しそうに撫でた後、こちらに顔を向けた。 「あんたが義兄上の言ってた新入り?」 「あ、その、はい、まだ決まっていませんが」 「へえ?そうなのかい。 ま、義兄上が指名したんだから、優秀なヤツなんだろ。期待してるよ」 サイアリーズ様は手をひらひら〜と振って、笑いかけた。あ、これやばいですよ。 「あはは、期待してもらえるなんて光栄ですー。 ああ、それにしてもここはすばらしいですね! 貴女のような美しい人が闊歩しているなんて、うーん感動的! 王子殿下、貴方は美女に恵まれすぎですよ! 超絶羨ましいです!」 太陽に近づこうとして舞い上がりまくっちゃったオレ。ダメだ意味わかんない。 その様子を見て、王家の方々は呆れたような視線を投げかける。 「あー。義兄上ってば、優秀なんだろうけど……まァたヘンなの連れて来たんだねえ」 「ちゃらちゃらしてるね!」 「不潔です!」 「全くだねえ。あーゆー大人にはならないようにしなきゃね、サンク」 なんてやり取り、本人の目の前でやらないよね普通。でも、実のところ当の本人には全く聞こえちゃ居なかった。そのときのオレはいたく感動していたからだ。 美 人 ! バンザイ。超美人発見だ!どまんなかストライク! 余りに嬉しくて、天と地がひっくり返ってフェイタス河の水が天から注ぎ込んできたような気分だった。 噂は聞いていた。想像もしていた。しかし実際は想像の範疇をまる超え。果てしなく越えてる。スーパーだよヤサイ人ですよ。ここは天国だ。桃源郷だ。すばらしい。 ああ、もう一回言おう。バンザイ。 心の中でひとしきり万歳三唱したあとで、フト気付いた。 いつの間にかサイアリーズ様がいない。 どうやら感動の渦でもみくちゃにされている間に、どこかに行ってしまわれたようだ。なんてことだ。 頭を抱えたくなったが、それからもっと重大なことに思い至った。 しまった。見惚れたあまりお茶にお誘いするのをすっかり忘れていた! 名乗ってすらいない! オレとしたことが……! 「あのー、お兄さん?」 夢の世界から帰ってきて今度は後悔の海に飲み込まれそうだったところに、幼い王子が袖を引っ張って現実に引き戻してくださった。泣きそう。 「は! な、なんでしょう王子殿下?」 「うん。名前きこうとおもって。 あ、こういうときは先に名乗るんだよね。ぼくはサンキエルート」 うわ知ってるのに名乗らせちゃった! 「あー、えーと、カイルって言います」 「よろしくね、カイル。僕のことはサンクって呼んでいいよ!」 屈託なく笑う。 王子っていうのはファレナでは実に微妙な立場にあるのだが、そんなことはあまり感じさせない笑顔だった。 純真そのものというか、しっかり愛情を注がれた子供なんだなあ。 妙に嬉しくなってこっちもニコニコと笑い返していると、傍らに居た少女がじっとこちらを見つめてきた。不審気というかコワい感じの視線。 その意味になんとなく気付いて、ぽりぽりと顔をかく。 「サンキエルート王子殿下」 「なに?」 まっすぐな瞳でこちらを見返してきたので、思わずポンとその頭に手を載せた。 「王子たる者が、軽々しく愛称で呼んでもいいなどとは言っちゃいけませんよー」 既にその行為が大失礼じゃないかと少女はさらにこちらを見つめる。と、いうか、これは睨んでいる。将来有望株の可愛さなのに、怖いよこの子。 「そうなの?」 「王子殿下は王子殿下ですからね。ここはひとつ、サンキエルート王子殿下って呼ばせてください。 哀れな平民からのお願いです、殿下」 「侍女もそう言うよ。でも、長くない? ヘンじゃない?」 「まあ長くないといえば嘘になりますけど、ホラ弁えって大事でしょう」 「わきまえ?」 「そう弁え」 ね? と黙ったままの女の子にウィンクする。彼女はビックリした顔をしたものの、うんうんと頷いた。 「リオンもそう思うの?」 王子の問いにも頷き、今度は口を開いた。 「やはりこころがまえは大事だとおもいます」 「ほら、リオンちゃんもそう言ってますし」 「そっかあ……わきまえかあ……。リオンも前、そういってたね」 そうそう。 うん。こうやって人はいろんなことをおぼえていくわけですね。 ちょっと立ち直って、サンキエルート王子と少し話をした。主に稽古の内容で、(王宮内なので、帯剣はしてなかったけど、どうだったかと聞かれたので)これはいいとかよくないとか、簡単に。筋がいいと褒めると、幼い王子は嬉しそうに笑った。 そんななかふと太陽を見上げると、大分高いところに昇ってきていた。さきほど王子が言ったように、もう昼が近い。あんまりうろついて待たせるのも考え物だし、と立ち上がった。 「では、王子殿下。失礼ながらも、そろそろお暇させていただきますね」 「ええ? もう行っちゃうの」 「はい。お父上様にまたお会いせねばなりませんので。 それに、サイアリーズ様にきちんとご挨拶できませんでしたからねー。ちょこっとお探しして……」 今度こそお茶に…と言いかけて、リオンちゃんの微妙な視線に気付いてやめる。王子は別段気にした風もなく、ただ残念そうに、 「そっかあ……」 「では、稽古中大変失礼しましたー。頑張ってくださいね」 ぺこりと一礼。略式もいいところだけど、王子は気にせずにっこり笑っただけだった。リオンちゃんももうこちらを睨まない。 「うん! カイルもね。 楽しかったよ! またおいでよー!」 ぶんぶんと子供らしく腕を振ってくる王子に、会釈したあと手を振って、別れた。 またおいでよ、か。 しかし。とちょっと立ち止まって考えてみる。 お父上に会うって言ったはいいけど、実はまだ決めかねていた。 美人はいるは居心地いいは高待遇だは上官は素晴らしいは。騎士長と女王の子である王子もとてもまっすぐに育っている。王子という立場は風当たりが悪いのにも関わらず、だ。つまり、いいところなんだな。実際、ここはとても明るく、あたたかい。 苦言と述べるとあれだ、王宮ですれ違う貴族連中が微妙な視線をこっちに送ってくるってことくらいかな。まさに、微妙。言いたいこととかまるわかりな不躾といってもいい視線。 でも、そんなのは別に問題じゃないんだよね。 ------ カイル大暴走。若いですから。 というかまだ続く非礼をお許しください。 |