実のところ、宮使いというものには全く、ぜーんぜん、興味がなかった。
 もちろん綺麗な女王様とか王女とかに興味がなかったわけじゃない。男なら、美人と聞いて興味が湧かないわけがない。
 そういうのではなく、自分の仕事場として王宮につとめるという選択肢がなかっただけなのだ。
 日々面白おかしく過ごし、そして暖かい場所で眠る。
 そのときはこれだけあればいいかな、とかなんとか思っていた。
 あ、可愛い女の子に沢山囲まれてってのもプラスしておこう。これがメインだって? もちろん、これもまたメインさ。










あったかい場所で眠ろう






 とはいっても、アーメス侵攻時……実は、それなりに面白おかしくは過ごしていたけれど、あったかい場所では眠れていなかった。
 色男の事情というヤツで、故郷に居られなくなり、当てもない放浪生活をしていたせいで、そういうことがなかなかできなかったんですねー。
 この国自体に愛着はあったし、ちょっとばっかし食べるのに困っていたので(いやこれがホンネとかホントの事情というわけじゃないですよ!)、戦争になったときすぐに志願した。
 で入隊してみたら、思ったより扱いもいいし、アーメスのやり口にカチンときたしで、まあちょっと頑張ってみたわけですよ。

 アーメスとの戦いでちょこっと活躍したら……アーメスを追っ返した後。

 広くてぴっかぴかの床、そこにある質素な机と椅子。いやいや、よく見ると地味に見えるようで施された装飾はそれが高価であることを実に物語ってる。ヴォリガ……故郷で世話になった人んちにはさすがにこんな家具は置いてなかった。当たり前といえば、当たり前。
 そんな場所で何がなんだかわからなくてボーッと待っていたら、待ち人がやってきた。現れたこの男こそが、オレを太陽宮なんていうゴージャスな場所に招いた張本人。黒を基調とした伝統的な衣装を来た、無精ひげ生やした、武人そのものって感じのでっかいひと。
 見ただけで解った。この人めちゃくちゃ強いって。そう、救国の英雄さまだ。
 その人はイカつい顔をこちらに向けたかと思うと……破顔一笑。
「おお、待たせたな。俺が女王騎士長、フェリドだ」
 いや、カッコイイとは思いましたがね。オレは男には興味ナイですからね。念のため。
 で、そのフェリド様、快活な笑みを向けたまま、こんなことを言い出したわけですよ。
「カイル、といったな。実はおぬしに折り入って頼みがあるのだが……
 先の戦で、女王騎士に大きな損害があってな。正直、すぐにでも優秀な人手がほしい状況なのだ。
 そこで、おぬしの実力を見込んでのことなのだが。

 女王騎士になってみないか?」

 ―と、いう状況ですよ。
 ちょっとばっかし戦で活躍した程度なのに、話が大きすぎると思いませんか? 思うよね。確かに女王騎士はフェリド様、ガレオン殿、ザハーク殿を除いて尽く戦死なさったという話だから、人手不足だって言うのは解るけど。ねえ。
 さすがのオレもいきなりの申し出にビックリしちゃって、声もないっていうか、なんというか。「なんで?」なんていう実に間抜けな返し方しかできなかった。いやあ、情けない。
 無礼極まりない口の利き方なんだろうと思ったけど、フィリド様は快活な笑みを浮かべただけだった。この程度のことなど気にもしない方のようだ。
「ふむ。その前におぬしにまず訊きたいのだが……アーメスとの戦に一体なぜ参加した?」
「オレは旅の身だったんですけどね。たまたま、襲撃にあったんですよ、アーメスの。
 そのときの情景が忘れられなくてですね。
 オレたちの国に土足であがりこんできたんですから、これはお帰りいただかないと、なんて思いまして。
 あーでも、お金がなかったからというのも理由といえば理由ですねー。
 頑張ればお給金上がるって言うし」
 最後のほうは言わない方がいいんだろうなあと思ったが、正直に喋った。そのほうがいいと思ったし、そうしたかったからだ。ゴドウィン派辺りの頭の硬そうな(故郷にも沢山居たから、それなりに知っている)人が聞いたら激怒されそうだ。フェリド様もそうだとは思わなかったけど。
 しかし、正直に話したのはいいんですが、なんだか逆に気に入られてしまいましたよ。あれっ、マジですか。実に嬉しそうにこっち見てますけど。あれあれ。
「先の戦いでは小隊を率いて敵を蹴散らし、数々の武勲を立てたと聞く。技量としては実に申し分ない。
 それに変わった剣技を持つとも聞いた。その辺りも興味があってな、今度、是非手合わせ願いたいとも思っている」
 うー。優秀なの褒めてもらうの嬉しいですけど、こそばゆいです。って、ハイ?
「て、手合わせですか? いやー。お褒めに預かり光栄の極みですけれど。
 正直オレ、宮仕えとかに向いてないと思いますよ。
 この通り若造ですし、女王騎士なんていう、大役が務まるとは思えないんですよねー」
 軽い調子で言ったが、本音でもある。だって、オレまだ十七とかですよ先生。目の前の女王騎士長はそんなオレの言葉を聞いても、特に変わったところはない。
「そうか? 俺は適役だと思うのだがな。
 ファレナは、少々閉鎖的過ぎた。おぬしのような若者が来れば、新しい風も吹くというもの。
 女王騎士の資質に年齢は問わない。先日叙勲された騎士も、さほど変わらぬ歳ぞ。
 俺とて、おぬしと十ばかり違う程度よ」
 それを聞いて、ちょっと面白くなってきた。ああ、この人についていったら、おもしろいかもしれないな、なんて。
「それにな」
 フェリド様は精悍な顔に穏やかな笑みを浮かべた。笑みの中にも、武人たる威厳、そして鋭さをそのまま残して。
「単に武勲を挙げたというだけなら、俺はおぬしをここに呼び寄せはせんよ」
 思わず惚けた顔で見つめてしまった。なんて顔だろう。
 政武に秀でた人物だとは聞いていたし、アーメスとの戦いで英雄と呼ばれるだけあって、その技量は計り知れないものがある。その凄みは手合わせなどせずとも感じ取ることが出来た。
 だがそんなのはオマケなのだ。
「こちら側としては是非とも就いて欲しいのだが。考えてはくれまいか」
 是非にとも請われる。これってさ、実はかなり、超光栄なことなんだよね。微妙な態度をとり続けるオレ何様?って感じだけど、さすがに即決はできない。
「はあ。なにやら先ほどから勿体無さ過ぎるお言葉ばっかりで。
 ちょっと、考えさせていただきたいです。何せ急なことなので」
「まあ、無理強いはせん。
 ソルファレナや太陽宮でも散策して、考えてみてくれ」
「え! ここをうろついてもいいんですか?」
 だって、こんな機会滅多にないですよ! 太陽宮にまします女王陛下は勿論、その妹君の美しさはファレナ全土に知れ渡ってますからね。そんな美女に拝める機会、平民にゃないですよ普通。
 妙に元気になったオレに、フェリド様は笑って二つ返事をしてくれた。やった!

 一回りしたら戻って来いと言われたあと、ウキウキで退室しようとしたら、黒髪の騎士と入れ替わりになった。ザハーク殿だ。軽く挨拶して、退室する。
 オレが出て行った後、執務室ではこんな話があったとかなかったとか。
「よろしいのですか、いかに先の戦の功労者とはいえ……あのような軽薄な者を」
 既に嫌われてるみたいです先生。あの挨拶じゃ不味かったでしょうか。軽く手を振っただけなんですが。
「かまわん。飄々としていたが逆にこちらを見定めておった。若いながら、面白い男よ。
 ま、ここで問題を起こすような男ではあるまい」
「……故郷のレルカーでは色々と問題を起こしていたようですが」
「さすがに2歳になる我が娘に手を出したりはせんだろう。
 ……出したら切り刻んでフェイタス河の藻屑にしてくれるがな!」
「いや……そういう話では……」
 握りこぶし作ってぎらぎら燃えてるフェリド様に、さすがのザハーク殿も辟易してしまったらしい。
 ああ、なんかいいなあ。そういうの。















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長くなったので分けます