朝っぱらからドンドンとドアを叩く音がする。
こんな時間に――思わず心の中で舌打ちをしながら、ベットの上で寝返りをうった。
こういう風に非常識な事を平気でするのは俺の親友しかなく、まだ一般常識が足りないな、と教えた物の認識が甘かった事に痛感する。
 
ちなみに・・・・今は朝の6時だ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
  さるのうちも闇の中
 
 
 
 
「テッド〜、起きてるのは知ってるよ。開けてくれない〜?」
勘に障る音の間に、そんなのんびりした声が聞こえてきた。それに眉を顰め、聞こえないようにするために頭を布団の中に隠した。
お前が起こしたんだろうが――
近所迷惑になりやしないかと心配しながら、ギュッと目を瞑る。こうしていれば、いずれ意識は闇の中に向かうだろう。実際、あの五月蠅い音が段々と聞こえなくなってきた。
「・・・このドア・・・・燃やすよ?」
なんだか可愛らしい口調で言ってるな・・・・?
「!!!」
意味を理解し、一気に意識を引き戻された。ガバッと上体を起こし、転げ落ちそうになりながらベットから降りる。
「火炎の・・」
そんな詠唱が聞こえだした時に、勢いよくドアを開ける。それに驚いたのか――目を大きく開いている親友が立っていた。彼の右手を見ると僅かに赤く光っている紋章があった。
「起きてたならもうちょっと早く出てきてよ」
「今、何時だと思ってんだ・・・・」
「6時」
頬を丸く膨れさせながら、彼は勝手に家に上がっていった。その背を見つめながら溜息を付いたのは言うまでもない。
「お前なー・・・俺が出てこなかったらどうするつもりだったんだ? 本当に燃やす気か」
「そんな非常識な事はしないよ
こんな時間に来る事自体が非常識なんだが――
「それに、やたら紋章を発動させようとするなよ・・・」
「せっかく付けたのに、使わないと勿体ないよ」
彼の右手に宿っている『火の紋章』を見て、また溜息を付いた。
 
 
 
 
新しい物好き、というか――手に入れたら使ってみなければならない性格って言うか、要はまだ子供なんだよな。
 
この間、彼の誕生日だった。その時の料理はかなり豪勢で・・・俺が今まで食った事の無いような食べ物が並んでいた。グレミオさんが手にヨリを掛けて作ったんだろう。彼自身もかなり驚いていた。いつもの年より凄いと。まあ・・・毎年こうだったら財政大丈夫だろうか、と心配しなければならない所だった。
テオ様の部下の――アレンとグレンシールだったか? ヤツらも親友を祝いに来ていて、彼にプレゼントを渡していた。その一つに『火の封印球』があった。最初、彼はそれを観賞用にするつもりだった。透明の玉の中にある火の紋章。それが時々炎が動くのを見るだけで良かったらしい。そんなちょっとしか動かない物で喜ぶのはどうかと思い――親友ののんびりとした性格に呆れもした。これをプレゼントとして考えたアレンというヤツにもだが。
『せっかく貰ったんだ。付けてみてはどうだ?』
テオ様のその一言で――色々と大変な事になった。それ以来、何かとそれを使おうとするようになったからだ。
 
 
 
 
「子供じゃあるまいし・・・・」
思わず呟きながら、開けっ放しになっているドアを閉める。その言葉を聞いたのか、真顔の彼がくるりと振り向いた。それに一瞬怯む。
「いや、勘違いすんなよ・・・」
「いつも子供扱いするのはテッドとグレミオだからね」
怒らすとタチが悪い。こうやってワガママな感情を出すのは親しい者だけだ、とクレオさんから聞いてはいたが・・・・それに時々困る。今回のも――親友の家だから何時に来ても良いと思っているんだろうか。
「歩く身代金でなくなったら、子供扱いはやめてやるよ」
「同い年なのにそうやって言われると・・・凄く嫌なんだけど。しかも歩く身代金って何」
普通に接していても、無意識に子供扱いしてしまうのは仕方がない。実年齢が軽く300超えているからな――彼より経験豊富だし、それに普通の人より彼は物を知らなさすぎる。教える事が多すぎるから尚更、子供扱いしてしまうんだろうな。
「マクドール家の御子息は財産的にも、政権的にも、身代金として扱えるからな。イケナイおじさん達に攫われるぞ・・・・」
「・・っ」
怒りで何も言えなくなったのか、彼は踵を返して勝手に奥に行ってしまった。
彼は以前、継承戦争の時に誘拐された、とグレミオさんから聞いた。その時は政権目当てだったらしいが・・・それを彼は覚えているのだろうか。6歳だったらしいからなぁ。
しかし、ちょっと言い過ぎたか?
「ティル・・・・」
静かに俺の寝室を覗くと、やっぱり彼はベットを占領していた。さっき俺がしていたように布団に頭を埋めて。
「悪かったよ、さっきは言い過ぎた」
彼が沈んでるとこっちも暗くなってしまう。自然と小さくなった声を他人事のように聞きながら、彼に近づいた。布団に埋まった頭が僅かに上がったが、それの間から見えた瞳は確実に怒っていた。思わず苦笑いしそうになるが――それではさらに火を注ぐだけなので押さえた。
「でもな、お前も悪いんだぞ」
「・・・・・・どうして」
睨んでくる視線は変わらなかったが、反応してくれるところを見ると・・・そんなに怒ってはいないらしい。以前怒らせて、徹底無視された時は泣きそうになったからなー。グレミオさんが助けてくれたからその時はどうにかなったけど。
「朝早くから来すぎ」
それにはきょとんとした視線が返ってきた。
「だって、俺はまだ寝てたんだぞ? メシも食ってないし」
「そうなの?」
「そうなんだよ。いつも俺がお前んちに行くの、何時だと思ってるんだよ」
「・・・・・あれは・・・おやつ目当てでその時間に来ているかと思って・・・・・」
確かに毎日10時くらいに行けばそう思われても仕方がないよな・・・いや、実はそうなんだけど。
「てっきり、そのために遅く来て・・・・ごめん・・」
赤面して素直に謝ってくれる。そういう所は良いんだけどな・・・もうちょっと自分で常識を考えようと思わないんだろうか。
彼は上体を起こし、俺のベッドから降りた。そのあと、すまなさそうに笑って促すような動作をした。
「?」
「じゃあ・・まだ眠いよね。僕はぼんやりとしてるから・・・・寝ててもいいよ」
彼のその言葉には呆れてものが言えなかった。情けなく口を開けて呆けた俺を見てどう思ったのか、僅かに苦笑された。
「寝れないならグレミオの子守歌でも歌ってあげるけど」
「・・・・一度起きてしまったら寝れないって」
その子守歌ってのは彼自身が寝かされる時に聞いたものだろうか。
「寝れないのか」
「そ。そういう体質だからな」
あんな風に逃亡劇を繰り返してたら嫌でもそうなってしまった。未だに・・・彼が側にいる時でも熟睡なんてできない。彼に気を許していないわけではないが、どうしても眠れない。
「お客さんならそれらしく座っとけよ。俺特製の朝食でも作ってやる」
「・・・朝食なら一応食べてきたけど・・・」
自分で作ったんだろうな。それにグレミオさんがこんな朝っぱらから出させること、何てさせないだろうし。あとで俺か彼かどちらか怒られるだろうな・・・。
「どうせパン一個しか食ってきてないんだろ」
意地悪そうに笑うと、彼はグッと詰まったような表情をした。図星か・・・・相変わらず判りやすいヤツだな。
「グレミオさんのようにはできないけど、お前よりは美味く作ってやるよ」
「最後のは余計だよ」
感情がよく判る声でそう言われてたので、声を上げないように笑うのは苦労した。
 
 
 
 
 
 
 
 
***
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「で?」
目玉焼きを食べながらそう促すと、彼はきょとんとした目を向けてきた。
「何か用があって来たんだろ?」
俺のセリフに何か思い出したのか――何回か頷いた。
「あのね・・・・・」
どうせいつも通り、とんでも無い事を言ってくるんだろうな。この間、13になったからと言ってもまだ子供だ。考えが甘い時の方が多い。
言う事にためらいを感じているのか彼は口籠もっている。それを横目で見ながらオレンジジュースを飲んだ。飲み終わる前にゆっくりと口を開く。
「一緒にさ、サラディにでも行こうかと思って」
その言葉には一瞬吹き出しそうになったが、どうにか留まって飲み込んだ。ダン、と大きな音を立ててコップを置き、彼の方にグルリと向く。
「・・・ロックランドの間違いじゃないのか・・?」
「ロックランドならアレンとグレンが連れて行ってくれた事があるよ。サラディは・・・・小さい時に行ったきりだから」
グレンってのは・・・グレンシールとやらの愛称か。
「何でそんな遠い所に・・・・。それに行っても何も無いぞ。それとも・・・バナー鉱山が見たいのか?」
サラディは本当に田舎で、同じアールスの地にあるとは思えないくらいだとよく聞いていた。この地域辺りで栄えているのはグレッグミンスターと少し南方のレナンカンブくらいだが。
赤月帝国では犯罪者はソニエール監獄に行くか、バナー鉱山に行くかのどちらかで――ソニエール監獄に行けば一生日の光は見る事ができないらしいし、バナー鉱山に行けば休む事もなく働かされるという。サラディはバナー山脈の麓にあり、そういう犯罪者ではない旅人が来る事もまれで、余程の物好きか――赤月帝国と隣の都市同盟を往き来する商人ぐらいしか行かない所なんだが。
「そんな悪趣味じゃないよ」
また頬を膨らませて、機嫌悪そうな表情をする。
「じゃ、何だ?」
「ただ見てみたいと思っただけ」
――ただの興味心か。そんな風な理由で遠出をしようとするのは良くないんだが。
「・・・グレミオさんが心配するだろ・・・」
「大丈夫。一応書き置きしてきたから」
そういう問題じゃなく。
「それに、行くまでの虎狼山で山賊に遭ったらどうするんだ?」
「その時は棒術でやっつける」
そう言って彼は壁に立て掛けている漆の塗られた棍を見た。
実戦を一度もしたことの無いお坊っちゃんが、それに慣れている山賊を倒せるとは思えないけどな・・・言っても聞かないだろうが。
「左手に手袋をはめといて何を言う」
未熟で利き手に余計な力が入るから、彼は片手に手袋を着けている。
「うるさいなー、テッドだって終始手袋を着けてるじゃないか」
「俺とお前では理由が違うんだよ」
戯けた感じに言ってやると、彼は顔を赤くした。
まずい・・・キレる一歩手前か? そうなると本当に手が負えないからな。テオ様じゃないと怒りが止まらなくなる。運悪く、今は遠征に行かれたばかりだし―― 一月は帰ってこられないだろうし・・・・。
「判った。判ったから・・・・駄々を捏ねるだけはやめてくれ」
「そんな子供みたいな事はしない」
きっぱりと言い切ってはいるものの、表情はさっきと全く変わってないが。
「・・・サラディに行きたいんだろ? 旅の達人の俺が付いて行ってやるよ」
苦笑いしながらそう言ってやった。それで彼の表情が穏やかになる。が、すぐじろりと睨まれた。
「何か、さっきのテッドの表情・・・・むかつく」
「良家のお坊っちゃんがそんな汚い言葉を使うなよ・・・・グレミオさんが聞いたら・・・」
「心配しなくてもテッドの前しか使ってない」
――本当に変な事を教え込むのはやめておこう。オウム返しみたいに使われるのは嫌だからな。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
グレッグミンスターを出て・・・・ちょこっとだけその辺りを彷徨くだけのつもりだったんだが。どうせ、現れたモンスターに慌てふためいて――彼が“戻る”って言ってくれると思っていたんだが・・・全然出遭う事もなく、今や虎狼山の麓。
帝都を出る前はまだ日が出てなかったけど、空は十分明るくなっている。グレミオさん・・・今頃、叫んでいるだろうな。こんな主に仕えている事に後悔してはいないだろうけど。
「モンスターなんか全然出てこないね」
「たまたまだってーの」
こういう平原ではモンスター側からもこちら側からも、よく見える。それで不意打ちとかは――余程の事がない限り大丈夫なんだが・・・。手に持った弓は手入れはしているものの、ここ最近、彼に会ってから一年ぐらいは使ってない。これだけで何とか・・・・無事にサラディにすら着けるかどうかは疑わしいが。
「あれが虎狼山・・・・」
まだ少し遠目だがはっきり見えるようになった虎狼山に、彼は感嘆の声を上げる。
「ん? 小さい時に行った事があったんじゃないのか?」
「・・・・・・・」
冷静に考えれば、行かせるのを止める理由としてそれがあった。サラディなんて小さな田舎村は、数年経っても変わる事は無い。
「――連れ――れた事はある・・・」
「え?」
彼の言葉は小さく、それに風の音でよく聞こえなかった。それを聞き返すと何でもない、と微笑してきた。
「じゃ、虎狼山に登ろう!」
結局登るのか・・・すぐ帰れるものだと思い切ってたのにな。今は無事に日帰りができる事だけを祈ろう。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
それは余りにも早く、叶わなかったと思いしらされた。
「珍しいな・・・・商人じゃない、ただの旅人で――ガキが来るなんてよ」
虎狼山を登り始めて1時間ほどで、俺の願いはあっさりと打ち砕かれた。
目の前に3人ほどの山賊が立っている。モンスターはやはり、何故か出てくる気配は無かったが・・・物乞いのおっさんらがやっぱり出てきたか。奴らを気にしつつ、ちらりと彼を見たが――全く臆している感じはしない。まあ、いろいろと稽古をつけてもらっているせいか、こういう大人に慣れているって事か?
「ま、大人しく金品でも置いていけば・・・・」
「誰がお前らなんかに渡すものか!」
奴らが言いかけた言葉を、彼は遮った。
勇ましいのは良いけど――戦闘経験のない彼と、俺の今の装備では勝つのはちょっと難しいんじゃないか? 『これ』を使えば楽だろうけどよ・・・無駄な殺生はしたくないんだよな。
「大人しいガキの方が好きなんだがな」
3人が同時にスラッと偃月刀を抜き、戦闘態勢だ。彼も負けじと、無言で棍を持ち直すが・・・力量ぐらい判ってるんだろうか。
「棍か・・・・そんな獲物で――」
言い終わらない前に、3人同時に斬りかかってきた。
棍と刀の戦闘ではその間合いの差が勝敗を左右する。長い棍では懐に入ってきた敵を攻撃できないし、短い刀では間合いの外の敵には無力だ。それを奴らは知っていた。
一瞬反応が遅れた彼に3刀が斬りかかる。
「アブね・・・って・・!」
彼の襟首を思いっきり引っ張って、避けきれなかったのをカバーしてやる。目の前を間一髪で青白い物が通り、空気が裂けた音がした。刀に怯むことも無く、俺が引っ張った事にも驚くことも無く、彼は奴らの一人に対して棍を振りかざした。だが、それは難なく弾かれる。
「く・・・・」
悔しそうな彼の呟きと、俺の舌打ちが重なる。
やはり勝てるわけがない――経験、力量不足だ。
奴らは勝ちを確信したのか、ニヤリと意地汚い笑みを見せ・・・また斬りかかってくる。気追い負けをしていないものの、彼は棍を握り治しながら僅かに後退した。仕方が無い――
 
『!!!!』
 
バッと奴らの目の前に金をバラまいてやる。それらは乾いた音を鳴らして奴らの足元に落ちる。何が飛んできたのか判らず、奴らの動きが止まる。金に視線が向いたうちに俺は彼の手を掴んで逃げ出した。
「あ、おい! コラ待てーーっ!!」
その一瞬あとに奴らの怒濤の声が聞こえてきたが、それを気にすることも無く――山を駆け上る。奴らの方がこの山はよく知っているだろうが、アップダウンの激しい所を逃げれば追いかけにくいはずだ。実際に諦めたのか、奴らの声が小さくなっていった。
 
 
ちょっと広い所に出たので、走るのを止めてトボトボと歩き出す。ここなら奴らが追いかけてきても気付きやすい。
握ったままの手を離すと、肩を上下させながら彼はヘタリと地面に座り込んだ。
「だ、大丈夫か・・・?」
そう聞くと、返答する代わりに僅かに頷いてくれた。
「俺も何とか・・・。久しぶりに全力疾走したからな・・・・・」
汗だくになっていたが標高の高い所に来たせいか、体がすぐ冷えだした。
「金・・・勝手に投げて、悪かった。出すつもりは無かったのに差し出したようなもんだからな・・・・」
「・・・・助かったんだし・・いいよ」
そう言ってくれると有り難い。体の調子が落ち着いてきたのか、彼の声には張りがあった。見上げてきた顔に笑いかけると、彼は表情を曇らせた。
「認識が甘かった・・・」
心底悔しがっているのか、彼はいつも見ることの無い表情をした。それに思わず瞳を細める。
「たかが山賊・・って・・・・。パリングされるまで思ってた・・・」
「・・・・・・・・・・」
自分に対する怒りと悔しさのせいか、彼の声は震えていた。
「どんなに稽古を付けても、経験の少ない僕は・・ただの子供なんだね・・・。斬りかかってきた時だって、テッドに助けてもらってなければ・・・」
「・・・それはこれから何とかなるって。大丈夫だ」
落ち着かせるように軽く彼の肩を叩き、低い声でそう言ってやった。途端、彼の大きな瞳からボロリと涙がこぼれ落ちる。殺されるかもしれなかった局面で年に似合わず冷静な判断をした彼には驚いたが――やはり怖くて仕方がなかったんだろう。それに・・・・こういうのは、彼は慣れるべきではない。
顔を手で覆い、俯いた彼をそっと引き寄せた。
「子供だって判ることが大人になる一歩なんだよ」
肩にその顔を押し当ててやり、声も無く泣く彼の背をゆっくりした手付きで撫でてやった。


















つづく。



戦闘シーンを小説で表現するのは難しすぎます(苦笑)。拙い言葉では陳腐になってしまいますからね・・・・。
しかし・・・何故、テッド×坊風味(笑)になったのか。


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