「おいたーん!!」
 かぼそい小さな声が聞こえた時、クルトの目に再び星が見えた。
「ラマータ!大丈夫か!?」
 崖っ端までクルトは急いで行き、下を覗き込む。
「うん。おいたん、お花」
 岩が平らに出っ張っていて、足場があるところにラマータはにこにこしながら立っていた。かなり不安定な場所に立っている……ひっかかっているといってもいい……にもかかわらず、酷く満足そうな笑みである。
 幸いラマータのいる足場は崖っぷちのすぐ下だったので、身体だけは一人前のクルトが手を伸ばすと、すぐに届いた。
 ラマータを引き上げるなり、クルトは安心したのと同時にラマータに怒鳴りつけた。
「このアホガキッ!!ここにゃ近付くなって言っただろうが!!」
「ごめんなさい……でもおはなとろうとして。おいたんにあげようって」
 怒鳴り声におびえて、うつむきながらラマータは持っていた花を差し出す。
 内心、『仮にも大の男が花ァッ?!』と思いつつもよくよく見たクルトは一瞬息を呑んだ。
 それは珍しい花だった。
 町で売れば高値で売れる物で、一部を除いて機械都市化しているこの世界では、滅多に咲かない。
 自然のままのこの島でさえも、ほとんど咲かないものだ。
 その花を見て、並ぶゼロの数にクルトの心は少しゆらいだが、すぐに頭を振って、
「あのな、んなモノより”生きてる”方がずっといいぞ」
「?」
 首をかしげる幼い甥に、クルトは溜め息をつく。そしてしゃがみこんで、ラマータの頭に手を置く。
「気持ちは嬉しいけどな、命かけられると困るんだ」
「僕ね、本当はとちゅうでやめてかえろうと思ったの。でも、おとうたんが……」
 クルトは少し眉をつり上げたが、必死で話しているラマータはそれに気付かず、続ける。
「最後までやらなきゃいけないって、前、いってたの」
(あのバカ兄貴が……)
 クルトは口の中で悪態をつくつつ、ふと思い出すものがあった。
「その時、兄貴……お前の親父は、こう言わなかったか?『無理はするな』」
 その言葉にラマータは目を見開く。忘れていたようだ。
「いわれた。おぼえてなかったけど……。でも、どうしておいたんわかるの?」
 ラマータが驚くのも無理はない。その時、クルトはまだ居なかったからだろう。クルトも兄がそれを話していた記憶はない。クルトは見上げてくるラマータの視線から、顔をそむけるようにして立ち上がった。
 そして、家に向かってゆっくりと歩き出す。
「兄弟だから……かもな」
 そして、小さい頃に言われた記憶があるからだ。
 それから、クルトは後ろから慌てて追ってくる甥に向かって、
「帰るぞ」
 と、一言だけ言った。
 途中、ラマータはクルトの後ろをチョコマカしていたので、クルトはイラついて泥だらけの彼を無理矢理おぶった。
 ラマータは
「おいたん、いいよ、あるくよ」
 と始めのうちは騒いでいたが、昼もはしゃいでいた上に夜もこの有様であったためやはり疲れたのか、クルトの背中で眠ってしまった。手の中の花が星々の光に照らされているかのように輝いている。
「ったくよ、ガキはいいよな」
 お前だってまだまだ子供だよ、という兄の顔が浮かぶ。



 南の島の夜空の星は、限りなく、華やかに輝いていた。








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後記。  080921、少し手直ししてみました。
 書いたのはもう9年ほど前でして、当時の幼さっぷりがある意味面白かったので暫く手直しせずに放置しておりました。
 手直しといっても、ちょっと書き口を直してみたり、少し付け足してみたりした程度です。
 今はこんな風にモノを書けるかなあ……と初心に帰ったような気がいたします。




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