朝食をすませ、心配しすぎて泣きそうなグレミオを留守番にして、いよいよ彼は父と共に城へ参内した。
 家を出たときは、見ていられない様子のグレミオのせいか、彼はそこまで緊張感が無かった。
 だが、城に入り、朝食の後に初めて袖を通した赤い帝国近衛隊制服のぱりっとした感触と、城の中の厳かな雰囲気に飲まれ、次第に胸がしめつけれるような緊張感に襲われていった。

 ――僕はあまやかされている。

 自分でもそれは分かっているつもりだったので、知らないうちに失礼なことを言ってしまうのではないか、と心配になってきた。
 皆が尊敬してやまない皇帝。
 どんな方なのだろうという好奇心があっても、緊張感がそれを押し出してしまいそうだった。
 控え室で落ち着かぬまま、やがて父が戻ってきた。
 それは謁見の時間がやってきたということ。
「さあ、皇帝陛下がお待ちだ」
 ばっくん、と胸が大きな音をあげたのがわかった。


 皇帝陛下は、大きな人だった。
 御前に跪いて視界をその赤い絨毯で埋めるまでに、彼はその顔をじっと見つめた。彫りの深い……威厳の満ち溢れた顔。
「おぬしがテオの息子、ヴェラルダル=マクドールか。顔をあげなさい」
 近くにその顔がある。赤月帝国皇帝、バルバロッサ。継承戦争を勝ち抜いた男の顔は戦士の顔だった。
「うむ、いい面構えだ」
 あまり父に似ていない。……と、彼は思っていた。
『僕のなよっちい顔は、父の男らしい顔には似ていない』
 彼はそういう意味で、自分の顔があまり好きでなかった。
「まあ、かわいい顔」

 皇帝の隣にいる女性が声をあげた。宮廷魔術師のウィンディだった。扇子で口元を隠し、彼に視線を送っている。しかし本人は緊張で固まり、彼女にまで目がいかなかった。
「まっすぐとした眼差しはお前にそっくりだな、テオ」
「ありがとうございます」
 後方で、皇帝の言葉に父が会釈をしているのを感じる。
 彼とはいうと、皇帝の顔から目が離せないでいた。緊張のあまり身体が固まって、そのままというほうが正しかったが。
「暫くお前の父は北方へ遠征に出る。その間マクドール家をしっかり守れ」
「……御意」
「後から命令が下るが、同時にお前は帝国近衛兵として任務につくことになる」
「……心得ております」
 がちがちに固まった彼を見て、バルバロッサがそうかたくなるな、と声を上げて笑った。…と、いわれても彼にとっては無茶な話だった。
「父に劣らぬ良い将軍となるよう、期待しているぞ」
「……はい!」
 父のような男になるのが彼の夢だった。それに触れられて、思わず力をいれて返事をする。それにまた豪快に笑われてしまった。



 謁見を終え、彼らは自宅への帰路についていた。
 バルバロッサ皇帝陛下は、気さくな男だった。だけれども同時に、威厳のある…いうなれば威圧感というのだろうか?そういうものも持ち合わせていた。
(その威圧感を前に、小さな僕は簡単に萎縮してしまった)
 大きな父はそうでなかった。臣下でありながら、萎縮することなく堂々と、それでいて皇帝への敬意を忘れずに。
(もっと、僕は大きな男になりたい。父さんのような、大きな)

 未だ興奮を押さえられなかったが、前を歩く父の大きな背中を見つめながら、小さな彼はそう思った。





小説メニュへ