一方、海辺の近くの家では。
「おかぁたん、おいたんは?」
 きょろきょろとして、ラマータが二部屋しかない家の中を歩き回っていた。
 いつも島の学校から帰ってくると大好きな叔父さんがいるはずなのに、今日はいない。
 ラマータの、幼い色黒の顔が曇っていた。
「さぁ、知らないわ。何処行ったのかしらね」
 すこしつまらなさそうにマリアが言ったあと、笑顔で釣り竿ともりを持ってきた。
「それより、一緒にお魚取りに行かない、ラマータ?」
「おさかなとり……?」
 大きな目を丸くして、母親の持つ竿ともりを交互に見つめた。
 どうやら叔父という遊びとと魚とりという遊び、どちらにするか迷っているらしい。
 クルトにしてみれば、魚と天秤にかけられるなどたまったものではないであろうが。
「おいたん………おさかな……おとうたん……うー」
 ラマータが決めかねていると、
「ただいまー」
「あら、お帰りなさい」
 そこにまるで追い討ちの如くに父親のロマルトが帰ってきた。
 マリアが笑う。
「お父さんとも行こう?お夕飯はお魚よ」
「おお、魚か〜……って僕も行くのかい?」
「行くのよ」
 子どもの死角でマリアは夫に目ですごんだ。
 ロマルトは心中やれやれと首を振りながら、実際には色白の顔がのっている首を縦に振った。
 ラマータは大きな目を輝かせた。父親と遊ぶことは、(叔父に比べれば)滅多に無いが、とても楽しい。
「いくっ」
 少年は今度は迷わず決定する。
 親子三人は仲良く海辺に出て行った。



「決めたぞーっ」
 森の中を疾走しながら、クルトは叫んだ。
「あんな家、出てったる!」
 そう思うと、本当に身が軽くなっていくような思いがして、足が早くなった。
(一人暮らしになっても別に不自由しねぇ)
 クルトはそう思っていた。別に平気だと。
 住む場所は、ロマルトの家からやや離れた空家に決めた。多少の破損はあったが、修繕を施せば人一人住むことは分けないと思えた。
 こうなると、何もかもがうまく行くような気になっていく。
 とにかくいまは荷物をまとめようと、家路に向かっていた。荷物をまとめるほどあるわけでもないが、一応持っていこうと思った。
 さて、こうして彼は出て行く家に着いたわけだが、そのころ親子はそろって魚とりに出かけていて、家には誰もいなかった。
 クルトはそんなことは露知らず、高揚した気分が一気に萎えて、誰もいない家に戸惑う。しかしすぐに首を振って、
(別にいようがいまいが、関係無ぇじゃねぇか)
 と、自分の物を、越してきた時に持ってきた袋へどんどん入れていった。
 こういってはなんだが、こそこそしていて、まるで盗人のようだった。
 数分もしないうちにあらかた入れ終わった。
 本当に何も無いのだ。生活に必要なものなど皆無だったが。
 西日がまぶしかった。クルトは窓を見て舌打ちした。
(もう夕方かよ……こりゃ面倒だな)
 なんとなく、そのままクルトは荷物と一緒に板葺きの床に座り込んでしまった。
 西日がますますまぶしい。長い影が床に落ちる。
「……くそっ、あいつら何処行きやがったんだよ」













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